慢性腎不全に隠された秘密とは?
私がそのことを実感したのは、ある朝ニューヨーク・シティにあるV病院を訪ねたときだった。
そこでは神経科学者たちが、「プレイン・カッティング」という身も蓋もない言いかたで、死因を調べるための脳解剖を行なっていた。
それは実に淡々とした作業だった。
神経病理学の実習室で、責任者のD・M博士が長い台の前に立つ。
台には銀色のペンキ缶が8つ並んでいた。
ひとつに一個の脳が入っている。
M博士はひとつずつ脳を取りだし、まばゆい照明のもとで台のうえに並べる。
脳はホルムアルデヒドのせいで褐色に変わり、溝のところが紫色になっている。
パン切り包丁に似た刃渡り40センチのナイフで、博士はまるでメロンを切るように、脳を2つ割りにしていく。
さらにその半分を、慎重な手つきで薄くスライスして、ハムのように並べていった。
博士は作業するかたわら、気がついたことを声に出していく(このとき見た脳のほとんどは高齢者のもので、死因も心臓発作、脳卒中、痴呆など予測のつきやすいものだった)。
M博士の仕事は、脳の様子が推定死因と一致しているかどうか、またほかに異常がないか確認することだった。
博士は脳の各部分を取りだして、さらに詳しく観察する。
タツノオトシゴに似た小さな海馬は、新しい記憶をためておくところだ。
痴呆だった男性の海馬はスポンジみたいにやわらかく、細胞が死んでできた穴がたくさん開いていて、博士の指が突きぬけそうだった。
次に手に取ったのはアーモンド形をした扇桃で、ここは「戦うか逃げるか」という基本的な反応を生みだす。
思春期の子どもは、この馬桃が暴走しやすいという研究結果もある。
それからおもむろに登場したのが、もの言わぬ前頭葉である。
ティーンエイジャーをおとなに変えるのは、ほかならぬこの部分だ。
しかし目の前にある組織からは、そんな気配はみじんも感じられなかった。
この目で見た脳、部分も全体も、は印象的で恐怖の念さえ覚えるものだった。
だが私がほんとうに衝撃を受けたのは、脳が切りわけられるときだった。
Mのナイフが脳に迫った瞬間、部屋にいた全員がこれから起こる事態を予測して黙りこみ、息を飲んだのである。
つわものぞろいの神経病理学者たちも例外ではなかった。
ずらりと並んだ脳は、外からはどれも同じに見える。
しかし切りわけられてスライスされる直前の脳は、それぞれの秘密をしっかりかかえこんでいた。
いったいそこに何が見つかるというのだろう?あとで研究室に戻ったMは、脳という永遠の謎について、驚嘆の念を込めて語ってくれた。
例えば、こちらの慢性腎不全の考察と感想を例に取り、慢性腎不全を考えてみることにしましょう。
